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今日は長々と書いてしまっている。 全国学力調査の結果を続けて考えてたい。 他県と同じ教育内容であれば ほぼ同じ結果が返ってくるはずである。 大阪に住む人の生活基盤や教育に対する考えが よほど他県と違わない限りは。 人権関係者は、ここにばかり重点を置いている。 100%間違いではないが、それだけではない。 まあ、人権教育関係者はそれを仕事としているのだから そこを取り上げるのは当たり前だが、それを教育全体の中で 格別の比重を置くから、今回のような結果になるのだ。 (話がそれてしまった。) 他県と比べた大阪の特徴 @就学援助率に象徴されるように、 生活が安定しない家庭が多い。 A人権教育に重きが置かれている。 B問題解決学習が主流を占めている。 順に考えていきたい。 @就学援助率に象徴されるように、 生活が安定しない家庭が多い。 これは、間違いなく学力テストの結果として マイナス要因ではある。(それは、悪いという意味ではない) 生活が安定しない子どもの気持ちが 勉強に向きにくいのは当然である。 子どもにとって、勉強することよりも、 家で暴力を振るう父親に対してどうしたら良いかに 思いを馳せるのは、至極当然だからである。 無論、所得が低いからといって、 暴力を振るう、良い親ではない・・何ていう事はない。 大変な経済状況の中でも、何とかわが子を立派に育てたいと 願う親もたくさんいる。(そして、そういった親を何人も見てきた。) ただ、全体として見たときに、そういった傾向があることは見過ごせないのも事実である。 ただし、大阪で就学援助率が高いのは、経済状態が大変な家庭が多いからだけではなく、 学校や行政がそれを勧めてきたからだというのもあるのだ。 それは、部落解放同盟の各支部などによる圧力的なものも十分にある。 (「圧力」と表現した方が良い所もあるだろうし、「助言」と表現する方が良い所もあるだろう) また、その圧力に負けた者、あるいは、それを正しいと考えた者、 その情勢を利用した者が様々にいるのも間違いないだろう。 自分が退職した職場の50代教師などは、利用してきた部類に入るのだろう。 ともかく、この部分においては、行政やマスコミにおいて 今後、同和行政をどう行うかにかかってくる部分が大きく、 学校教育が担える部分は少ないと考える。 教師は自分が受け持つ子どもの家庭を 直接支えてあげることはできないのだから。 行政の役人の頑張りに期待したところだ。 A人権教育に重きが置かれている。 @に付随することになるが、人権教育について考えてみたい。 大阪では、とかくに人権教育が盛んである。 それは、全国で1番の同和地区人口の多さや、 全国で2番目に多い在日外国人の多さが起因している。 部落問題や在日外国人問題(ぼくは在日外国人『問題』とは思わないのだが)が、 確かに人口に比例して重要さを増すのは事実だ。 それには、異論はないが、特に部落問題に関して 重きを置かれる度合いは異常である。(ように思う) 特に自分が、同和地区を有する学校に多く勤務してきたから感じるのだとは思うが・・ (いわゆる「人権推進校」「同推校」と呼ばれる学校) 人権思想自体は非常に大事なことだ。 世界史が好きなので書くが、フランス人権宣言やマグナカルタ、奴隷解放宣言など 人が「人間」として、扱われない時代や地域が確実にあったのだ。 政治的な目的や足りない部分があったにせよ、そうして人類は より良い社会を目指してきた。 人が他人を傷つけたり、差別する特性をもつことが、歴史で分かっているのだから、 人権教育は大切な意味を持つ。 「いじめなくそう」などと書いたポスターの製作者や、 「うちの学校では、いじめはありません」などと言う校長には特に必要だろう。 いじめは無くなりなどしない。 いじめは無くすものではなく、いじめから人は学ぶものなのだ。 どれほど、いじめが醜悪で、生産的でないのかを。 (また、話がそれてしまった) 話を戻そう。 とかく「人権」を教えるように、大阪の教師は言われる。 誰にかと言えば、まあ、直接的には校長辺りではあるが、 元を正していくと、教育委員会の人権の課であり、 さらに辿っていくと、大人教(大阪人権教育研究協議会)であり、 その大元は部落解放同盟である。 部落解放同盟を悪く言う気は無いが、 その圧力に行政が負けて、施策をうってきたことは、否めないだろう。 これは、大阪市長・関淳一氏の発言にも 最近、よく出てくるようになった。 特措法などの法律が切れたことをきっかけにしてか、 同和行政に対する不祥事や、飛鳥会事件などに代表される部落解放同盟の体質が 最近になって、やっとマスコミに取り上げられてきた。 もちろん、部落解放同盟の出発点は同和地区の人が 差別を受けてきたことによってであるから、 その感情は地区の人たちの気持ちは理解できる。 (じかに差別を受けた人からすると、 この「理解」が不愉快に思われるかもしれないが・・) ともかく、部落解放同盟の強い圧力により 行政はもとより、学校教育にも圧力がかかっている。 そこで、解放同盟と教師の間で生まれた組織が 大人教(前身は大同教)である。 身近な例で言うと、 道徳の時間の教材「にんげん」などを作った組織と言えば良いだろうか。 ここからの、各学校への圧力はすさまじい。 例えば、1年に数回、大人教○○研修会ということで、数千人の教師が集められる。 もちろん研修であるから、教師が自主的に行くのは良いが 大半の場合、学校単位で何人と割り当てが決められている。 校長が指示を出すのだが、いまだに各学校の校長がなぜ大人教の研修会に 行くように言うのかはなぞである。 僕が勤めていた学校はバリバリ人権推進の職場だったので、 全員が強制参加であった。 参加費については、市町村単位で補助が出るところもある。(そこが多いか?) 僕が勤めていた学校では、教師持ちであった。 あの参加費は、最終的にどこに流れているのか・・ 勝手な推測かもしれないが、部落解放同盟ではないだろうか。 証拠はないので、悪意の推測かもしれないが。 行くことを渋ると(お金の問題ではなく、その意味に対して)、 教員に対して命令を出せる校長に 何度も呼び出しを受け、恫喝を受ける。ということが、日常的に行われてきた。 (だからこそ、退職したのだが・・) ともかく、自分が勤めていたような、同推校ならともかく 一般の学校でも研修に駆り出されているのだから、 校長(教育委員会?)に対する圧力があるのだろう。 どういった圧力なのかは、分からない。 誰か知っている人がいたら、教えてもらいたく思う。 長くなったが、こういった事を初めとして、 部落問題、識字学級、いじめ、在日外国人問題などが 授業の中で行うように、命令を受ける。 特に同推校などでは、頻繁であり、 部落解放同盟を利用する教員(数は多くないと思うが)が 学校や市町村で力を持つ所では、 教師の授業のあり方、やり方、部落問題に対する教師の姿勢(!)、 そして、大人教などへの報告などを指導・助言・命令(?)して下さるところもある。 (自分が勤めていた所は特に) こういったことは、ごく特殊な例だとは思うが、 校長や教育委員会の人権教育課の指導主事などから言われれば、 教師も人権教育の授業をせざるを得なくなる。 (もちろん、重ねていうが人権そのものが悪いわけではない) こういった授業は、教師の『研究授業』と同じく、 子どもにとって、益が少ない。 『授業』のために何十時間という授業を持たれ、『子どもの意見』ということで、 教師が発表するために、意見をむりやり出させるように仕向けていく。 しないと立場も悪くなるので、教師は例え子どもが荒れていこうとも、 学力が落ちようとも続行する。 全てが全てどうではないが、確実に傾向としては、この通りである。 研究授業などしない方が、その単元で子どもがよく理解できる理由でもある。 B問題解決学習 『問題解決学習』という学習形態は、定義があいまいな部分が大きい。 『水道方式』という言葉に置き換えた方が良いかもしれない。 ただし、水道方式と言っても、1950年代に遠山啓氏などによって 作られたものとは少し違う。 その主張とは、 ○子どもの考える力を奪うので、教科書は使ってはいけない ○教師が教えるのは良くない。子どもで考えさせることが大事なのだ。 ○いろいろな作業をして覚えるのが良いのだから、 (算数文章問題で)問題文を必ず書き、絵を描き、簡単な図(ヴェン図)、 タイル図などを書かせて、計算通りのの体の動き(体操みたいなもの)をしなくてはいけな い。また計算にはタイルを使わなくてはいけない。 などのスタイルをとるものを言う。 いわゆる普通の教師でも、研究授業などの特別な算数になると こういった方法をよく用いる。 こういった学習形態を用いる学級、学校では 一般的に学力が低く、荒れやすい傾向がある。 自分が勤務していた学校を、あた挙げるのが正しいのかどうか分からないが 学力テストの平均が大阪府の平均よりも15点ほど低い。 それは、一年だけでなく、毎年である。 (僕が見た限り、年度によりバラつきはあるが、10年ほど続いていた。) どうして、こんな方法で学習するか非常に疑問に思えて仕方がなかった僕は 教科書も無く、子どもがどうやって勉強するかをセンパイ教員に聞いたところ あるドリル(?『冊子』と呼ばれていた)を使うのだと教わった。 そのドリルのある部屋に行くと、何とドリルが山のように積んであるのである。 1〜6年生の算数のドリル(以下、『算数冊子』)だけで、 1教室の広さに山積みにされているのである。 この学校では、地区を抱えているので、生活の厳しい人が多い。 だから、漢字や算数のドリルは買わないと聞いていた。 ・・なのに、この山積みの算数冊子である。 裏表紙を見ると・・ 製作者(?後援?みたいな欄)の欄に部落解放同盟の文字が・・・ 何だか、全てがつながったような気がした。 別に部落解放同盟を嫌っているわけでも、非難したいわけでもないが これではなと思った。 センパイの先生に聞くと、部落地区で勉強が分からない子どもたちのために 生み出されたのだと言う。 ほうほう。 しかし、この学校の学力が低いのはなぜか?! と、真剣にこの時、感じました。 キリがないので、この辺でいったん止めようと思う。 が、新聞の紙上でもそうだが、 大阪の教育関係者、人権教育関係者が言い訳に使う言葉が 「生活がシンドイから」 「子どもが○○だから」 である。 確かに、そういう部分が大阪にはある。 しかし、それが全てではない!! 自分が受け持った子どもたちも、そうだが 生活がしんどいから、という理由だけで 全ての子どもたちの学力が落ちるようなことも 意欲を失うようなこともない! 結局は、その教育しだいなのだ!! ということを、強く思ったので久々に書きたくなった。 でないと、また学力が悪い学校には お金を出す、教員を増やすという結果になってしまう。 それでは、この学力調査の結果を 改善できないのだ!! 自分の勤めていた学校の体験から言うなら そうして、悪い結果を出せば出すほど、その学校・地区は大変だということになる。 また、そういうアピールを要望書などの形で出す。 そうすることで、お金を出してもらえ、教師の数を増やし、 自分達の権限を強めようとする人間がいることに どうか上の人たちに気付いてもらいたい。 今日は自分の勝手な考えを書いたが、 自分の勤めていた学校のことを考えると いても立ってもいられず、書いてしまった。 大阪の学力が低いのは、他にもたくさんの原因があるとは思う。 許していただきたい。 |
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迫力がありました。 |
seiji 2007/10/27 09:36 |
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